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第十章 関税

関税の税率は、制限すべきでない。輸入品のシェア叉はその増加率に応じて税率を決める。 非関税障壁はすべて撤廃する。

関税は、なぜ必要か

自由貿易が、全世界の人々に大きな利益をもたらすことは、誰にも異論はないであろう。関税によって、国際間の流通を阻害することは、結局みんなの損になる。それでもなお、関税は必要な場合がある。競争維持のために強者にハンディを課すことが必要なのである。

国際間には、技術、資源などで、大きな落差があることが多く、自由競争にまかせれば、忽ち輸入品の独占となり、ひとたび独占が確立すれば、次は、競争がないため、不当な価格釣り上げが行われる恐れがあるからである。

関税の濫用

関税は競争維持のためであるから、競争が維持される限り、できるだけ低税率叉は無税でなければならない。自国の産業を過保護にするため、叉は、自国の独占企業の不当利得を保護するため、或いは、昔の関所のように、取れるものは取るというように、競争維持という本来の目的をはなれて関税をかける国があれば、他国も対抗上、同じことをやらざるを得なくなる。こうなると、貿易は沈滞し、結局みんなの損になる。

関税協定

国際間で、関税について協定するとき、単なる税率制限をきめるのは、良くない。競争維持に必要なら、どんなに高い税率でも許されるべきである。例えば税率がどんなに高くても、輸入品のシェアを七十パーセント、或いはシェアの増加率を年5パーセント以上に保つことができるなら、その高税率は、国内産業保護のために必要であることを示して居り、貿易障害として非難すべきではない。

逆に輸入品のシェア一パーセント以下、シェアの増加ゼロ、の状態では、どんな低税率も許されない。この場合の関税はゼロでなければならない。だから国際間の協定は、関税をかけることが許される輸入品のシェアと、シェアの増加率をきめるべきである。

関税収入は、すべて、競合する国内産業に対する補助に使用することも協定する。そうすれば、そうしない場合に比べて二分の一の税率で目的を達することができる。もう一度言う、税率制限の国際協定は止めること。これがあるために、自主規制などという化け物が出てくるのである。非関税障壁は、どんな高関税よりも害悪が大きい。これを、一刻も早くなくす協定を結ばねばならない。

非関税障壁

関税には、相手の立場も認めて、話合いましょうという姿勢が見られるが、輸入禁止は、問答無用というやり方である。そんなことは許されない。防疫上必要とか、もっともらしい理由をつけて、非常に煩雑な手続きを要求し、輸入業者に、大きな負担を強いるのは最悪である。

関税は、世界全体のトータルでは、損失はないが、納税コストや、輸入手続きコストは、トータルでの損失である。本当に必要な手続きなら、勿論問題はないが、税務当局者の、こうするのがお国のためになるという愛国心から出ているとしたら、恐ろしいことである。

そんなことをしていると、相手国も仕返しをするから、たたき合いになり、遂には、なぐり合いになる。これは、戦争への道である。輸入の数量制限はもっと害悪が大きい。競争原理が働かなくなるから、必ず利権を生じ、寄生虫の巣窟となって腐敗し、その腐敗は、社会全体に波及していく。

彼等を責めても、しかたがない。甘い汁を吸うのが寄生虫の本職なのだから。そんな状態をつくり出した政府の怠慢、(怠慢でなく共謀か?)それを見過ごしている国民の無知こそ糾弾されるべきである。輸出数量の自主規制も、全く同じである。これは輸出国の企業間の競争を完全に停止させる。莫大な不当利得が関係企業に転り込む。これは相手国の消費者から奪ったものである。

自主規制は、ただちに止めなければならない。相手国に、どんなに高い関税をかけても良いから、関税で、輸入量を調整するように頼むべきである。但し、各輸出国に平等に。それがだめな場合は、輸出税で調整することになる。その税収は、すべて貧困国援助に向ける。相手国消費者から奪ったものを、私するつもりはない証として。

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