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第十五章嗜好品課税

麻薬等は禁止せず課税すべきである。政府は麻薬の害を科学的に調査研究する責任がある。

税の再定義

先に、民主国の税とは、所得の再分配のために金持ちが出すものであると定義した。これは正確ではない。みんなに必要なことをするために、みんなで出し合うお金が税である、とする方が分かり易い。しかし、この考えには、重大な危険が含まれている。人頭税につながる危険が。

お金を出せない人をも差別せず、全く同じ仲間として受け入れることが、民主主義社会の基盤であり、これを強調するために、前記の定義を述べたのである。ここでは、民主国の税とは、みんなのためになる、やり方で、徴収するものであると定義する。

酒 タバコ税

酒、タバコの税も以前は収奪のための税であったが、今は何のための税だろうか。 所得の再分配のためとするには、今では、貧乏人が豊かになり過ぎた。

金持ちと同じくらい消費する酒乱とか煙公害で、社会に迷惑をかける原因者負担の面はあるが、 主目的は、国民の健康維持であろう(実は、とれるから、とっているだけかもしれないが。)

大きなお世話だという人もいるだろう。国民が主人で政府はしもべである。しもべに、指導してもらわなくても良い。しかし、主人にも、飲み過ぎ、吸いすぎは、悪いことはわかっていて、しもべに頼んで、罰金をとってもらっていると考えることにする。

麻薬禁止と自由権

憲法が保障している自由権は、他人に迷惑をかけない限り、何をしても良いという権利である筈である。 麻薬中毒者は、犯罪を犯す可能性が大きいといっても、実際に犯罪を犯してから後に処罰するほかはない。

麻薬を禁止することは防犯上の効率は良いかもしれないが、効率が良ければ良いという考えは、疑わしきは罰するという、支配者の論理に通じる、危険思想である。

自由権を侵害することは、如何なる理由があっても、やってはならない、本質的な悪である。それをやろうとすると、どんな罰を受けるかは、かってのアメリカの禁酒法の例でもわかる。今でも、麻薬密売人、ギャング、はては、コロンビヤの麻薬戦争まで、麻薬禁止から来ている害悪は、はかりしれない。

一人前の人間の、自由を縛ることは、絶対にできないのである。二十一世紀には、鉄腕アトムのように、誰でも自由に空を飛び廻ることになるかもしれない。そのとき、どうやって麻薬持ち込みを防ぐのか。

不特定多数を相手にする性行為は、極めて危険で、他人にも大きな害を及ぼす可能性が大きい。しかし、これを禁止し、取り締まることは、出来ない。 それは、重大なプライバシーの侵害を伴い、人民を奴隷化している支配者だけが、なし得ることである。

数十万年の歴史の中で、人類は、現在の性病やエイズよりも、もっと恐ろしい微生物の攻撃に、繰り返し晒らされてきたに違いない。 そして、生き残ってきたのは、不特定多数を相手とする性行為に強い嫌悪感を抱く遺伝子の持ち主達だった。平気でそれをする人は、異常者である。

麻薬に溺れる人達も、同じく異常者である。麻薬が自由に手にはいる状態になれば、一人残らず麻薬に溺れ、身を滅ぼすに至るような、弱い種であるとしたら、人類はとっくに滅亡していたであろう。そんなことはない。医者、薬剤師、化学者など、自由に麻薬が得られる人達で、まだ麻薬中毒になっていない人が実在することが、それを証明している。

では、異常者は、取り締まるべきか。もちろん否である。すべての人間は、何かの点で異常者である。なくて七癖、と言うではないか。どんな異常者でも、他人に害を及ぼさない限り、同じ仲間として扱うのが、民主主義というものである。

麻薬なしで百年生きることは、練獄の苦しみであり、麻薬を吸って一日で生を終えることが、至福の喜びかもしれない。それは、本人にしか、わからない、本人の好きに任せるべきである。もし、犯罪を犯したときは、当然処罰するが、その時は、中毒が治るまで、強制収容して治療する親切は、あって良い。

しもべである政府が主人である国民に教育指導をするのは、課税で充分であり、刑罰を加えるのは行き過ぎである。税額は、高過ぎてはいけない。脱税して密売することが、つかまる危険を犯すに足る利益を、やくざや、ギャングにもたらすほど、高くてはいけない。まして殺人さえ引き合うものにしたのでは、麻薬禁止と同じである。薬局で、日本薬局方の薬が安心して買えれば、いかがわしいものを買う人はいない。

ポルノ、売春、賭博等にも、麻薬と全く同じことが言える。暗闇から、白日の下に引き出すべきである。禁止せず、課税によって教育的指導を行う。そして、それらが、良いものであるかの如く錯覚させる広告は、禁止する。又、その有害さについて政府は、充分に教育宣伝活動を行う。タバコについても同様にするべきである。もしタバコが本当に有害なものならば。

麻薬の害

アルコール、ニコチンも麻薬の一種とする。これらは本当に有害無益だろうか。もちろん、度を過せば、有害である。ただの水だって、飲み過ぎれば、死んでしまう。いらいらが、つのればつい飲み過ぎる。ご飯だって、やけぐいすれば、害になる。それは別にして、正常な精神状態で、おいしく感じながら、吸ったり飲んだりする量で、有害かどうかが問題である。

学者の言うことは、信用できない。まともな科学者は、きっちりしたデーターの裏付けがないことは、発言しないし、曲学阿世の連中が、騒ぎたて、もてはやされているからである。烈しい運動をするときは、水を飲んではいけないという説が、最近まで信じられていた。運動すれば、汗が出る。同時に疲労する。それを短絡させて、汗が出ると、疲労する、ということになったのだとしたら、お笑い草である。

厚生省の役人も、信用できない。予防注射のおかげで、インフルエンザで死ぬことを免れた人は、皆無であると推定されるが、予防注射で死んだ人は、かなり居る。それを、いたいけな学童に、強制していたのである。心ある人は、アレルギー体質と称して、我が子には、注射を受けさせなかった。

公害病は、すべての廃棄物は危険物であるという、わかり切ったことが、わかっていなかったために、発生した。マスコミは、もっと、あてにならない。日本の教育水準は、高いはずであるが、義務教育程度の理数科の基礎が、マスコミ関係者には、まるで、わかっていないことを示す新聞記事が、随所に見られる。これは、学校教育のあり方にも問題があるが。

水俣病患者の数百倍の人々が、輸血感染の肝炎で苦しんでいたにもかかわらず、水俣病関係の十分の一も、報道しない。医者も信用出来ない。エイズの流行を見るまでもなく、輸血がどんなに危険なものか、まともな人間なら本能的にわかっている。まあ、輸血をしておいた方が良いだろう、くらいの軽い気持ちで輸血された為に、肝炎にかかり、結局は肝硬変で死ぬことになった人が、どれだけ居るか。水面下にかくれて知ることはできないが、かなりの数であろう。

疫学的調査もあやしいものである。タバコを吸う人は、吸わない人に比べて、肺癌死亡率が十何倍とか言われるが、統計学的に正しいデーター処理が、なされているかどうか。死ぬまでタバコを吸っていた男性の平均寿命は、タバコを吸ったことがないか、又は、止めた人より十年長いというデーターが出ても、驚くに当たらない。赤ん坊はタバコを吸わないし、体が弱った人は、タバコがまずくなって吸わなくなる。重い病気になると、医者に言われて、タバコを止める。これらが重なった結果、煙草を吸えば、十年長生きすることになる。

ガンで死ぬ確率は、これの裏返しである。赤ん坊は、ガンでは、ほとんど死なないからである。煙草の害と、特定の病気を疫学的に結びつけることは、論理的には無意味である。すべての物には、プラスとマイナスの両面があるからである。問題は、平均寿命と関係があるかどうかである。男と女の寿命の差のうちの何才分が、男の方が喫煙者が多いことに関係しているだろうか。

戦後の急速な平均寿命の伸びは、喫煙者の増加と関係があるだろうか。いろいろと考え合わせると、煙草の害は、たとえあったとしても、容易には、それを確認できないほど、小さいものであると言うのが、真相のようである。いわんや、喫煙者の妻は肺癌にかかり易いなど、ナンセンスである。

煙草より、もっとはるかにはっきりと、有害なものは別にある。医薬の濫用、特に注射、点滴、最悪は、必然性のない輸血であることは、前述した。薬は、毒にも薬にもなるものである。点数稼ぎのために濫用されて、害にならない筈はない。今の日本人に、もっとも大きな害をなしているのは、栄養のとり過ぎである。その害の大きさは、公害などの比ではない。(体格の良いオバさんが、消費税のために栄養失調になるようなことを言うのを聞くと、顔を見てしまう)

栄養といえども、必要以上に摂取されると毒である。これを分解し、排出するには肝臓や腎臓にとって、大きな負担になる。毒性は低くても何しろ量が多いから、薬の濫用よりも害が大きい。アメリカ人が日本人より平均寿命が短いのは、栄養のとり過ぎが、もっと酷いからだと思われる。最適な栄養のバランスは、運動量によって変わる。運動量が大きいときは、低蛋白、高カロリー、運動量が少ないときは、高蛋白、低カロリーが良い。

戦前の年寄りが、早く老化したのは、烈しい労働をしているときには最適な、低蛋白、高カロリー、即ち、ご飯におしんこの食事を、年をとってからも続けたからであり、戦後、長生きするようになったのは、食生活の改善によるところが大きい。しかし、行き過ぎると、逆にアメリカ並になってくるかもしれない。

余談はさておき、国民の健康維持のためとして、多額の税を徴収している以上、政府は煙草の害について、予算を惜しまず、大規模な調査研究を行い、知性を持った人にも充分納得されるデーターを、提供する義務がある。まして、有害であると言いながら、一本でも多く売りたい素振りを見せるような、はしたないことは、止めた方が良い。

他の麻薬についても同じことが言える。はっきりと有害な麻薬もあるだろうが、煙草以上に、有害さがあいまいなものも、あるだろう。禁止はおろか、課税するのにも、政府はこれらの有害さの度合いをはっきりさせる責任がある。

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