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第二章 実質金利ゼロの経済運営

実質金利をゼロに保つことは、自由経済の競争維持のために、絶対に必要である。政府は金融政策を通じて実質金利を管理しなければならない。

資産所得

資産の値上がり益、いわゆるキャピタルゲインは、実は所得ではない。現実の資産は増えていないからである。また、他人から奪ってもいない。これに対して、利子、配当等の、インカムゲインは所得である。現実の資産は変わらないままで、その上に収入を得たのであり、これは、他人の労働から、搾取したものと見なすことができる。資産を保有して居ると言うだけの理由で得られる不労所得を、資産所得と呼ぶことにする。

経済競争ゲームに於いて競争を維持するためには、勝者に不利なハンディを課す必要がある。 資産所得はこれと逆のハンディであり、これが大きいほどゲームは早く終わる。実質金利がプラスのとき、即ち、物価上昇率が名目金利より低いときは、資産所得が存在する。これが永続し得ないことは、理論的に明かなだけでなく、歴史が、証明している。海底のプレートが陸地の下に潜り込んで、地震を起こすように、資産所得が蓄積されるにしたがい、富の遍在による社会の歪が増幅されて行く。 戦乱の発生によって、歪のエネルギーが解放されるまでは。

実質金利がゼロのとき、すべての資産所得はゼロになる。自由経済では、資産は、少しでも有利な所有形態に向かって移動するから、資産額当たりの資産所得は、資産の種類(土地、有価証券、預金等)に関係なく等しくなるからである。

利息と金利

高利貸の利息は、年率百パーセント以上であっても、それはここで言う金利ではない。利息の中には、貸倒れに対する危険負担、取立のための、厳しい精神的、肉体的労働の対価などが含まれている。実質金利はプラスであってはならないというときの金利とは、例えば、長期保有の国債の利子のような純粋の資産所得を言う。

金持ちと貧乏人

所有する資産が、平均以上の人を金持ち、平均以下の人を貧乏人と言う。金持ち、貧乏人、というのはあまり語感がよくないが、適当な分かり易い言葉が見つからないので我慢してもらう。貧乏人といっても、比較すればの話で、今の日本の貧乏人は、もっと貧しい国では金持ちだろうし、金持ちといっても、どこかの王様と比べると貧乏人に過ぎない。

金持ちとは、収入が増えても支出を増やさない人々であり、貧乏人とは、はいれば、入っただけ使う人種である、とも定義できる。倹約家だから金持ちになった、或いは、人間は金持ちになる程、より金持ちになろうとする意欲が大きくなる、とも言えるが、何よりもまず、本当の金持ちは虚栄のために金を使わない。虚栄は、弱い犬ほどよく吠えるように、弱みを見せることが即、死につながる動物の本能であろう。貧乏人ほど見栄をはる。

今の日本では、寒さを防ぎ、他人に不快感を与えない程度にこざっぱりした身なりをするのには、ほとんど金はかからない。家具、住居もしかりである。食品でさえ、栄養は勿論、味でさえ二の次で、見てくれの良い物が高く売れる。豪華な贈答品、ピカピカの高級車。要するに、今では支出の大部分は虚栄のためである。国民の消費を増やすには貧乏人に金を廻すことが必要である。

今の年寄りの多くは貧乏人ではない。なぜなら、貯める一方だからである。少ない年金を、半分も使わない。従って実際にも金持ちになっている。日本の貿易黒字の大きな原因は、金持ちに金を廻していることにある。

物価上昇はなぜ必要か

インフレは、悪と言われる。しかし、必ずしもそうではない。 支配者が、例えば、大宮殿を建てるために、人民を収奪する。このとき、人頭税をかけるのは、尤も拙劣やり方である。

人民を酷い目にあわす割には、いくらも取れない。 紙幣をどんどん増刷するのは最良である。 労少なくして、いくらでも取れる。これをやれば、物価はどんどん上がる。 支配者は、物価上昇を通じて金持ちからも貧乏人からも、収奪するわけである。 こうして起こったインフレは、もちろん悪である。

しかしながら、悪ではない物価上昇もある。生産性上昇分以上のベースアップがあったとする。これによって必ず物価は上がる。このとき、ベースアップは物価上昇によって帳消しになるか?そんなことはない。必ずいくらかは残る。そのわけを説明しよう。

物価上昇によって、実質金利は低下し、資産所得は、その分減少する。収奪する支配者がいない、民主国では、金持ちが損をすれば、必ずその分、貧乏人が得をする。資産所得が減少すれば、労働所得は必ず増加する。本当の金持ちは、預金の利息などあてにして居ない、貧乏人のわずかな預金が、物価上昇で目減りをするのが問題なのだ、と言う人が居る。

愚論である。貧乏人のわずかな預金からも、ある程度の実質所得を得られる金利下では、金持ちは、その資産のすべてを預金に移し、莫大な資産所得を手に入れるだろう。五十歩が百歩を笑うと言う。わずかでも資産所得を得た人は、より大きな資産所得にクレームをつける資格はない。資産所得は、それがどんなに小さなものであっても、他人の労働から、収奪したものであることには変わりがないからである。

賃金は労使間の交渉で定まる。これは、商品の値段が売り手と買い手の交渉で定まるのと同じで、賃金も、実は需要と供給の関係で定まるのである。日銀が低利の貸出しを無制限に行えば、金利は下がり、景気は過熱する。物価も賃金も、どんどん上がる。逆に、金融を引き締めれば、この反対になる。したがって、実質金利は金融政策によって、管理可能である。但し、振幅を小さくするには、細心の注意が必要である。

実質金利がマイナスのとき、資金は、カネからモノに向かい、インフレ心理がこれを加速する。単純な思考では、結果は、原因の結果に過ぎないが、現実の世界では、結果は必ず原因となって連鎖反応が起こり、しばしば指数関数的変化、早く言えば、爆発を起こす。ゆるやかな物価上昇は、インフレではなく、爆発的物価上昇がインフレである。

インフレが発生すると、通貨の、交換媒体としての機能が失われ、円滑な経済運営ができなくなる。インフレが始まると、これを沈静させるには、きびしい金融引き締めが必要となり、経済に痛手を与える。
実質金利が高いとき、資金は、モノからカネに向かい、不景気が加速される。インフレとデフレの平衡点にある実質金利は、ゼロに近い。政府は、できるだけ振幅が小さくなるように、実質金利をこの平衡点に近く保たねばならない。平衡点がややプラスであっても、後述する財産税によって、税引き後の資産所得を、マイナスに保つから差支えない。

次に、実質金利を高く保とうとする要因を考えよう。国民総資産の増大に伴って資本の価値は減少するから金利は、自然に低下して行く。物価上昇率が変わらなければ実質金利も低下する。自然に任せれば総資産は増加しても、総資産所得は変化しない。ところが、富の遍在の進行と共に、資産所得の配分は変化する。富は、大金持ちに集中し、中産階級の資産額は変わらなくても、実質金利の低下によって資産所得は減少する。

今まで、優雅に暮らしていた利子生活者は、苦しくなる。中産階級は数が多く発言力も強いから、物価上昇反対の声が強くなる。財政赤字は物価上昇の犯人として非難され、健全財政が求められる。遂には、金本位制への復帰が叫ばれる。大金持ちが、これに反対しないのは、もちろんである。貧乏人までが賛成する。物価下落、実質金利上昇、資産所得増大が、貧乏人を苦しめている元凶であることを知らないからである。貧乏人は目先のことしかわからない。物価が上がれば、今持っている僅かなカネで買えるモノが減ることしか分からない。物価が下がれば、その僅かなカネも入らなくなることに気がつかない。

こうして、政府は実質金利を高く保つ政策をとる。不景気はひどくなり、失業者があふれる。大学を出ても就職できない。貧乏人はますます貧乏になり中産階級も没落して行く。最後に破局がやってきて、大金持ちもひどい目に合う。これに対して、インフレは、それほど、大きな害悪ではない。あるときには善でさえある。

インフレは、徳政令と同じく、借金を棒引きするものである。戦後のインフレ、そのために人々はどれだけ苦しんだか、というのは皮相的な見方で、真実を見ていない。食糧難は、食物の量が絶対的に不足した為に起こったものであり、インフレによって起こったのではない。むしろ、インフレは、その再分配作用によって、餓死者が、出るのを防いだのである。

餓死者が出るような食糧不足でも、もし、大衆にお金が廻らなければ、それ程物価は上がらない。金本位制等に縛られないで、どんどん印刷された紙幣は、大衆にまで行き渡り、反面、戦前の富裕階級は、タケノコ生活を強いられた。もし、インフレがなければ、この人達は、腹いっぱい食べ、貧乏人が餓死していても、ペットに餌をやったであろう。

古き良き時代、おいしい焼き芋が、十銭で、両手いっぱい買えた、などと言う。こういう人は、その焼き芋は、炎天下で耕し、大根がゆをすすり、娘を売った農民が作ったものであり、一つの蛇口を共同で使う長屋に住んでいるおじさんが焼いたものであることを忘れている。三個千円の今、農家の息子は高級車を乗り廻している。どちらが良いか。

終戦の時、父は大蔵省の高級官吏であった。その月給で闇米一升しか買えなかった。戦前の、お手伝いさんもいる優雅な生活と、農民のどん底生活との対比、終戦直後の苦しい生活と、いばっている農家との対比、どちらが、より、まともに近い状態だろうか。昔も今も、大蔵省の役人が、実際にものを作っている人達よりそれほど大きな働きをしているとは思えないのである。
このようにインフレはデフレより、はるかにましである。

実質金利が高いとき、借金経営の企業が、まず行きづまる。借金が投資のためでなく、利払いのためになされるようになれば、行き着くところは破滅しかない。太平洋戦争の原因は、軍国主義ではなく、中世的経済学にあり、戦犯は、金解禁である。利子だけで、贅沢な生活ができる富裕階級と、素朴ではあるが無知な庶民の、物価騰貴に反対する声に、国家財政は均衡して居なくてはならないとする、遅れた経済学が同調した。そのために庶民は困窮し、全体主義が力を得たのである。

海外に資源を求めなければ生きられないとして起こした戦争が、実際に資源を手に入れる前に、戦争で物価が上っただけで、庶民の暮らしが、ましになったのは、物価上昇が庶民の利益となる証拠である。植民地を失い、狭い国土に閉じこめられた戦後の日本のすばらしい経済発展の原動力は、あの頃の貴重な体験に根ざす勤倹貯蓄の精神、自国では実現できない理想を実現するために、アメリカから来たニューディールの信奉者達、農地解放と財産税等にもよるが、インフレによる再分配も、新しい活力の源泉となったのである。

吉田茂、池田勇人、角さん、登ちゃんに至るまで、マスコミや評論家からは常に罵倒されて来たが、曲学阿世の徒、即ち大衆の機嫌とりに夢中で真理はどうでもよいという連中よりは、はるかにましな人達のおかげでもあるが。資産保有者は、資産の私有を認められ、保護されているだけでも、社会から大きな恩恵を受けているのである。その上に不労所得を手に入れる権利はない。
道徳的に権利がないだけでなく、法的にもその権利をなくすこと、これが即ち、実質金利をプラスにしないような経済運営を行うことである。イスラム教で利息が禁止されているのは意味のあることであって、貨幣が金銀であったときには、金利即実質金利だったからである。

近頃、地価上昇を押さえるためと称して金融を引き締め、実質金利を上昇させる傾向がある。とんでもないことである。地価は保有税で制御すべきものであることは後に述べる。物価が下がることは、金持ちにとって大きな利得であるが、貧乏人のためにもなるという近視眼的理論に、庶民はだまされ易いので、どんなに警戒しても警戒しすぎることはない。物価上昇率は、低い程良いという、何の根拠もない常識論が、今も国民的合意になっている。政治家や評論家の先生方を始め、皆さんが、物価がどうの赤字国債がどうのと言っているのを聞くと、かって聞いた軍靴の音が、また聞こえてくる気がして、ぞっとする。六十年前の戦犯である迷信的経済学の亡霊が、今でも徘徊している。

戦後の復興期、資本は極度に不足し、資本の価値は非常に高かった。このようなときには、実質金利は、ある程度プラスであることが許される。しかし、実際は、基幹産業に政府融資をどんどん行った結果、復興は加速されたが、物価も上昇し、実質金利マイナスの時代が続いた。この結果庶民は豊かになり、人件費は高騰した。金持ちの金持ち度は相対的には低下し、ちょっとした金持ちでは、お手伝いさんを雇うのは難しくなった。貧乏人も車に乗るようになって、道路は混雑し、騒音、空気の汚れ等、金持ちにとっては昔の方がはるかに良かったはずである。

しかし、絶対的には、金持ちもますます金持ちになったのである。お手伝いさんは居なくても、高品質の電化製品が使えるし、運転手つきは無理でも、エヤコン、テレビつきの高級車に乗れる。資本不足の時代でさえ、実質金利マイナスでやって来た。まして 今の金あまり時代、実質金利ゼロは当然である。

名目金利は、タンス預金等の資金の滞留を防ぎ、資本の調達を容易にするなど円滑な経済運営に欠かせないものである。実質金利をゼロにするためには名目金利の分の物価上昇が必要である。小金を貯めた老人は、若い時から苦労して貯めた僅かな貯金の利息を、物価を上げて、弱い年寄りから奪うのか、と怒るだろう。しかし、その人は、我利我利亡者の、卑しい自分を宣伝していることになる。借金の利息を払っている老人もいるのである。奴等は怠けていたのだから、しかたがない、と言うかもしれない。しかしそれなら、大金持ちはあなたに、僅かな貯金しか出来なかったのは、あなたの働きが少なかったのだ、と言うに決まっている。

蟻とキリギリスの話をしよう。

蟻でさえ、キリギリスに食物を貸し付けて、利息を絞り取ろうとは考えなかった。 夏の間、汗水たらして貯めた食物を、できるだけ食い延ばそうとしただけである。 もし、蟻に知性があったら、少しは、分けてやったかもしれない。

自分に都合の良いことは、いわしの頭でもすぐ信じるが、自分にとって、まずいことは、どんなに明白な真実でも、容易に認めないと言う段階に、人間の知性は留まっているように見える。

真実を見つめる澄みきった目に、利害と言う、靄が少しでもかかると、たちまちテスト失敗という現実に直面させられる、我々研究者は、いくらかましになつていると思うが。

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