HOME …> 純粋税制批判本文 …> 第二十一章 大恐慌の教訓

 目次 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22

大恐慌の教訓

太平洋戦争の十年前、アメリカは大不況のどん底にあった。工業生産は半減し、失業者が街にあふれた。 現在の日本の不況など比較にならない、悲惨な状況だった。ル−ズベルト大統領が、そこに登場し、ニュ−ディ−ルを掲げて、大規模公共事業などを進めた結果、かなり持ち直したが、それでも不況は続いた。 やがて太平洋戦争が勃発、アメリカ経済は活気をとり戻し、好景気は戦後まで続いた。 ル−ズベルトはこれを見通していた。

日本を追い詰め苦し紛れに戦争をしかけるように仕向けた。真珠湾攻撃のしらせを受けて、彼は小躍りして喜んだと、噂されている。 大恐慌は、何故起こったのか?

戦争という、おおいなる浪費、しかも殺し合いまでやって、なぜ国民が幸せになれたのか? 莫大なお金を戦争に使わず、国民のために使えば、この世の天国が出現するだろう。何故それができないのか? これらの疑問に答えるために、まず、一部本文と重複するが、金持ちと貧乏人の定義から始めよう。

金持ちと貧乏人

金持ちとは、ほしいものは充分に買っているので、収入が増えても消費を増やす余地がなく、ほとんどすべて貯蓄に廻す人々である。 貧乏人とは、ほしいものを買えないでいたので、収入が増えれば、消費をふやし、ほとんど貯蓄しない人々である。

資本主義経済では、金持ちに金が集まり易い。利子、配当金などが入るから当然である。貧乏人から金持ちにお金が移れば、総需要は減って行く。 これが経済が行きづまる原因である。

外国から攻撃されたとき、国を守るためには、金持ちは金を出す。国が亡びては元も子もないからである。貧乏人から金をとることはできない。 ないものはとれないし、貧乏人にも兵役という文字通りの血税を払ってもらわねばならないから、あまり酷いことはできない。 戦争という浪費のためであっても、総需要が増えれば、生産がふえ、失業者もなくなる。要するに金持ちから貧乏人へ金が廻ってくる。 すると、消費が増え景気は益々よくなる。こうしてみんなが幸せになった。

平時には、金持ちは金を出さない。かつてのロシア革命のように、金持ちを殺し、全財産を没収するわけではない。 贅沢な生活を続けるのに支障がない程度(戦費を負担した金額も、その程度だった)の金でも出さない。ル−ズベルトの天才をもってしても出させることができなかった。 百年以上昔、マルクスらは、「資本主義はやがて行き詰まり、必然的に社会主義へ移行する」と予言した。 行き詰まりは、富の偏在、つまり金持ちに金が集まりすぎることが原因だから、再分配が必要である、

これは現在では常識となっているが、大恐慌は、この再分配が極めて不充分だったため起こったのである。 今では、税制や生活保護などによって、かなり改善されていて、マルクスの予言は実現していない。 しかしながら、まだこの世は、楽園とはほど遠い状態であり、まだまだ再分配が不充分であることを示している。 なぜ充分な再分配ができないのか、そのわけを次に説明する。

中産階級

説明の便宜のために前章では、金持ちと貧乏人に分けて考えたが、実際は、人口の過半は、その中間、即ち中産階級が占める。 中産階級は知的水準も高く、政治的発言力が大きい。しかしながら、残念なことに、再分配の重要さがわかっていない。

例えば、もっとも基本的な再分配の方法として「全国民に平等に分配金を配布する」という提案に対して、 「それは、ヘリコプタ−から金をまくようなバカげたことだ」という。 貴重な税金は、重点的に配分するべきだというのである。

ところが本音は、貧乏人にも金をやることが気に入らないのだ。 ろくに税金を払っていない連中に、何で金をやるのだ、というわけである。

勿論、生活できない人に最低限の生活を保障する「生活保護」に賛成するだけの良識は持っている。 しかしそれで充分だ。それ以上やることはない。気の毒な人に恵んでやるのはいいが、正当な権利として受け取る、などは許せない。 逆進性などと格好いいことを言って、消費税に反対するが、本音は年間百万円しか消費できない貧乏人が、 五万円しか消費税を負担しないのに、一千万円の自分は五十万円も負担させられることに我慢できないのである。 そのくせ、一億円使う金持ちが五百万円払っても、まだ足りない、と思っている。

彼等は、自分も金持ちの仲間入りすることを望み、それなりに努力している。そして貧乏人に対しては優越感を持っている。 中産階級が充分な再分配を行うことに賛成すれば、それは実現するし、彼等が反対する限り実現しない。 そして、このまま不景気が続き、ますますひどくなれば、彼等もやがて次々と貧乏人の仲間入りをすることになる。 逆に、金持ちと同じく、中産階級も応分の負担をし、分配金や、みんなの為に必要な公共事業に廻すなどによって充分な再分配を行えば、 経済は活性化し、金持ちを含むみんなが豊かになれるのである。

こうなれば、中産階級も才能と努力しだいで、次々と金持ちの仲間入りすることになる。 中産階級に悪気はなく、ただ、自分に都合の良いことを正しいと考えてしまう、 人間共通の弱さに迷わされているだけで、話せばわかる知的水準にあると私は思っているからこそ、 これを書いているのである。

消費税

消費税は、再分配の重要な手段である。逆進性(貧乏人ほど負担が大きい)が言われるが、 その心配は無用であることを説明する。

年間百万円を消費する貧乏人が、五万円の消費税を負担しても、 分配金十万円を受け取れば、おつりがくる。分配金がなくても、全国民に平等に、 国民のためになることに税金が使われるならば、分配金を配布したのと、全く同じ結果になる。 この解かりきったことが解からず消費税反対を騒ぎたてる連中が、あまりにも多い。

この連中に、目にものを、いや、現金を見せてやることで目を醒させるためにも、分配金は必要なのである。 消費税は、徴税にコストがかからず、節税が難しいから、公平が保たれ、理想的な税である。 しかしながら、消費税も万能ではない。税率が高すぎると、人々は、 何でも自分でつくるようになる。自分でつくったものを、自分が消費するのに税金はかけられないからである。 プロにまかせず素人がつくり、分業のメリットも失われる。これは、みんなの損失である。

他の税とのバランスも考えて、私は、消費税は10%が適当だと思う。 消費税は内税とするべきである。即ち、価格の表示は税込みで行うように誘導する。 (税額を小さく附記してもよい)。

税別で買い物をしたときの、騙されたような気分、小銭のやりとりの煩わしさ、 書籍など、税込みで買うときのスッキリした気持ち!消費税を外税にしていることによる、 物理的及び心理的コストは、金額に換算すると、数兆円にもなると推定され、 消費税嫌悪の大きな原因にもなっている。

分配金とどんぶり勘定

分配金は「本当に困っている人」に与えるべきである、という人が多い。では誰がどうやって「本当に困っている人」を決めるのか? 困っているのは所得が少ない人である、というのは間違いである。 資産があるために、働く必要がなくて所得がない人がいる反面、年をとっても資産がないため働かざるを得ず所得がある人もいる。 困っている人とは、所得も資産も少ない人である。

税務署が、所得を正確に把握することは、クロヨン、ト−ゴ−サンといわれるように非常に難しい。 資産についてはいうまでもない。「本当に困っている人」をきめることなど、誰にも出来ないのである。 福祉関係給付のほとんどは課税所得を基準にしているが、まったく不正確な査定にもとづいているのだから、 不公平の宝庫である。うまく立ち廻って所得税を免れている人に給付を与えることは、泥棒に追い銭、 であり逆に節税に熱心でないために余分の税金を払った人は、ダブルパンチを受ける。 これはみんなが解っていることであるが、代案がないので解らないふりをしているのである。

全国民に平等に配布する分配金は、公平が最高に確保される。所得税、 市民税などと分配金を差し引きして徴税又は給付をすれば、手間もかからない。 このようなうまいやり方を、私はどんぶり勘定と称する。うるさいことを言えば問題はあっても、 現実には、簡便で役に立つ。(量子力学でだったか、膨大な計算をする代わりに、 簡単な近似式を使った方が実験結果とよく合う場合がある。「真理は単純である」ことの証とされる。) 給与所得に対する基礎控除などは、このどんぶり勘定が非常にうまく行っている例である。

課税限界所得が先進国中突出して高いことは、大きな再分配効果をもたらし、 経済繁栄の原動力となってきた。しかしながら、これより所得が少ない人には効果が小さい。 例えば、ちょうど限界所得の人とくらべて半分の所得の人は、減税額も半分になる。 (どちらも所得税ゼロには変わりがないから。)これに対して、分配金は、すべての貧しい人に恩恵をもたらすのである。

財産税

再分配は、所得だけでなく、資産についても必要である。 現在は相続税などによって再分配が行なわれているが、多くの欠点があり、充分には機能していない。 そこで、財産税を創設し、相続税に代える。これは、すべての資産(負債は差し引く)に対して平等に、年1%を目途とし、毎年、課税するものである。 はじめは、極めて低税率(0.01%)で出発し、長年かけて、徐々に税率を上げて行く。

そうする理由は、

  1. 財産税はまず出発することが肝心で、税率上げは急ぐ必要がない。当面は国債で代替できる。
  2. 将来の財産税は、国債の信用を裏打ちする。 国債は、確実に把握できる国民の資産となるからである。
  3. 税務署が「財産」を把握することは、「所得」以上に困難である。本人にさえ解らない。 競売にかけない限り、価格が決められないものもある。

ここは、「どんぶり勘定」の出番である。はじめは、申告者又は査定者の裁量にまかせるが、 低税率の間は、かなりの誤差が許容される。査定に不服があるとき、査定額の7割で、 買取りを請求することができる、等と工夫をこらせば、長年の間には妥当な線に近づくだろう。

国債

経済の行き詰まりを打開するには、金持ちの金を貧乏人に廻す以外にないこと、 金持ちから財産税をとることは、資産の把握が困難なため、早急にはできないことなどは、既に述べた通りである。 国債の発行は、金持ちの金を集めるのに極めて効率がよい方法であり、 その金を貧乏人に廻せば、目的は達せられる。 このやり方では資産を把握する必要がないから、 うまく工夫されたどんぶり勘定で徴税するのに似ている。

違う点は、金持ちに国債が渡されることだけである。 「国債は子孫につけを残す」といわれるが、それは外国人に国債を買ってもらう場合には正しい。 日本人が買うのなら、将来の増税に見合う、国債という資産を子孫に残すから、つけを残すとはいえない。 こんな簡単なことが解らない人が多いのは不思議である。 外国人も日本国債を買っている、等と、揚げ足をとってはいけない。

日本人が買っている外債で、お釣りがくる。 国債の発行は、だぶついている市中の金を吸い上げ、金利を下支えするから、金持ちにとっても利益になる。 財産税を免れ、利子所得も増えるから、金持ちにとってこんなうまい話はない。 そのとおり!そんなうまい話はあり得ない。

充分な再分配に必要な大量の国債を発行し続けると、金利はどんどん上がり、 金利支払いの為の国債が雪だるま式に増えて、孫の世代を待たず、 十年もすれば国債の償還停止に追い込まれるだろう。 これがいわゆる財政破綻である。 しかしながら、実際は、そんなことにはならない。 それを次に説明する。

国債の日銀買い入れ

国が破産することは、あり得ない。国は日銀という魔法のランプを持っているからである。 日銀は魔法の金で国債を買う。金利を安定させるのが日銀の役目だから、 金利があがれば国債を買い入れて、金を市中に流す。それによって金利は下がる。

日銀が買い入れた国債は、国の借金にはならない。何故なら、日銀に支払った国債の利子は、 国庫納付金として帰ってくるから、実質的には無利子であり、利息のつかない借金は、ないのと同じ、だからである。 「政府の借金(国債、地方債など)は既にGDPの140%にもなっている。 こんなことを続けていれば、まもなく200%に達し、財政が破綻する。」などという人がいて、 みんな何となく納得しているが、何の根拠もないのである。

かつて、戦費調達のため国債を無制限に発行して日銀に引き受けさせ、 超インフレを招いた。このにがい経験から「国債の日銀引受け」は絶対のタブ−とされている。 しかし実はこのタブ−も間違いである。物価上昇率1%になるように政府は国債を発行し、 公共事業などによって総需用を増やす。日銀は金利1%を保つように国債を買い入れる。 無制限ではなく、厳重な管理の下でやれば、何の問題もない。

日銀は、現在、大量の国債を買っているが、これは「国債の日銀引受け」と実質的に同一である。 当然タブ−に触れるはずであるが、これをやらなければ、金融システムが破綻することが、 あまりにも明らかなので、みんなが見て見ぬふりをしている。これはタブ−が誤りである証拠である。 しかしタブ−はまだ生きている。これ以上国債を増やし、日銀の国債買い入れを増やすことは、 怖くて、とても出来ない。そうかと言って、公共事業をあまり減らすと、経済がもたない。

それで、税収を増やしたいが、消費税上げは国民が承知しない。金持ちからは、相続税、 累進税などで、もう充分にとっていて、これ以上は無理だ。結局、諸控除下げ、社会保険料上げなど、 比較的おとなしい貧乏人にしわ寄せしょうとする。しかしこれは再分配に逆行することであり、 景気は、ますます悪くなる。日銀に丸投げして、金融緩和で何とかしてもらおうとするが、 現在の不況は、設備投資のための資金が不足しているためでなく(金はだぶついている) 需要そのものが不足しているためであるから、日銀の守備範囲ではないので、どうにもできない。 全く八方ふさがりである。タブ−を捨てない限り出口はないのである。

政府が国債を財源として公共事業などを行って、総需要を増やし、物価値上がり率1%程度に調整すれば、 金持ちは、金融資産(個人及び法人の)2000兆円として、20兆円の実質金利収入を失う。 同時に日銀は国債を買い入れて金利を1%に保つとすれば、買い入れられた国債の分は、 実質的には政府の収入になる。これは金持ちが失ったものに見合うから、20兆円である。 これは、金持ちから20兆円の税金をとったのと同じである即ち再分配の効果を持つ。 景気が良くなるのは当然である。

貧乏人も100万円ぐらいは貯金を持っている、などと、あげ足をとるのは止めて欲しい。 どんぶり勘定で説明しているのだから。政府の得た20兆円は、国民一人当たり15万円、 3人家族で45万円に相当するから、100万円の利息1万円を失ってもよいではないか。 「その金は、利権に群がる連中に甘い汁を吸わせる公共事業に、浪費されるだけだ」 と言う人もいるので、分配金は、やはり必要である。

日銀引受けの国債発行は、やりすぎると、景気が過熱し、物価が上がりすぎ、 供給力が不足するので、貿易収支は赤字となる。赤字が累積すると、 外国からの借金を返せなくなって、どこからも相手にされなくなる。 物価が上がりすぎる気配があったら、政府は早い目に国債を減らし、 公共事業をおさえなければならない。

しかしながら、物価上昇をゼロにするためにだけでも、更に20兆円程度の国債発行が必要である 。何故なら、技術の進歩、国際分業の進展などによって、生産性が向上すると、 そのままでは物価は下がって行くからである。 結局、合計すると国債関係で政府は40兆円を手に入れる。 これはすべて国民のために使うことができる。

(容易に金が手にはいると無駄づかいが加速するおそれがあるから構造改革も必要である。) 話がうますぎるようであるが、国民のたゆまぬ努力、及び平和な世界の恩恵を、 正しい経済運営によって生かしきればこうなるのである。

土地価格

物価上昇と金利が同じ、即ち実質金利がゼロのとき、金持ちの金利所得は実質ゼロとなる。 こうなれば、再分配の手間が省ける。 この時、他の資産からの所得もゼロに近づく筈であるが、実際は、所得を生む資産の価格が上昇するだけである。 所得は一定でも資産価格が無限大になれば、資産額当たりの所得はゼロになるわけである。

実質金利がゼロのときは、資産価格の暴騰が起こり易い。 資産価格の上昇は国民を金持ちになった気分にさせ、又財産税の税収を増やす利点がある。 しかし乍ら、土地についてはそうは行かない。地価の安定は、経済の安定にとって不可欠だからである。 土地に対する固定資産税は、地価バブルの歯止めになる。1980年代の地価バブルは、 激変緩和と称して、固定資産税上げを怠ったため、ふくれあがった。

そして現在、地価は下がり続け、評価額は下がっても、激変緩和の後始末のために、 税額は増え続け、地価下落に拍車をかけている。激変緩和措置は、地価激変の元凶である。 下がり続ける地価を安定させることは緊急に必要であるから、 当面は土地に対する固定資産税をゼロにするべきである。そして、 地価があがりはじめたことを確認してから適正な税率をかける。

(適正な税率とは、地価が安定しやすい税率である。)それでもバブル化しそうなときは、 金融を引き締め、固定資産税上げ、国有地売却などを行なって地価の安定を確保しなければならない。 現在、政府は盛んに国有地売却を進めているが、地価が下がり続けているのを後押ししている。 バブルのときには、国有地売却を、「土地の値上がりを加速するおそれがある、」 とか言って、見送った。バカな話である。上がりすぎた時は売り、 下がりすぎた時は買う、その売買で政府は利益を得る。 逆から見れば、売買で利益を得ることこそ、価格を安定させるのである。

日銀による国債の売買、円、ドルの売買、なども同じで、売買によって利益を出すことが相場を安定させる道である。 国民、なかでもマスコミは、政府、日銀が、これらで利益を出しているか、 損をしているかを、しっかりと調査し、業績を評価するべきである。 そうすれば彼等が、いかにバカをやっているかが、はっきりするだろう。 株価についても、極端に暴騰するときは、株式保有税の創設が必要になるだろう。

公共事業

国民のためにぜひ必要であるが、予算が無いためにやれないでいることは、山ほどある。 しかし、実は金はあるのだ。(生産設備、労働力など)生産能力さえあれば、 インフレを起こさないで例の魔法で金はつくれるからである。

設備を遊ばせ、若者を失業させながら、需要不足、デフレを嘆いている。 こんな馬鹿なことが起っているのは、政府の経済運営が間違っているからで、 例のタブ−の呪縛にかかっているせいである。早く呪縛から覚めて、子孫のために、 どんどん、社会資本を作っていこう。子孫にプラスのつけを残そうではないか。

ほとんど車が通らない高速道路を作るのもよい。ただし、通行料は無料とする。 そうすれば、やがて周辺の過疎地の発展が始まり、交通量が増え、有用な道路になって行くだろう。 高い料金をとっていれば、いつまでも無用の長物にとどまる。 かつて、関東大震災後、後藤市長は、大方の反対を押し切って東京の環状線を高架にした。 それが、後に、どれだけ役に立ったことか!

そもそも、道路は無料であるべきである。高速道路を有料にするのは、 そうしなければ、大渋滞が起こって、高速道路としての機能を失う、 ということだけが大義名分になり得る。そして、少しでも早く道路を増やし、 無料にしなければならない。(無料にしても渋滞しないようにする)。 採算性をうんぬんするなどナンセンスである。金がかかっても、 それ以上に国民の役に立てばよいのであり、そのためにこそ政府がある。

有料道路は田中元首相の発案であり、当時の貧しかった日本ではクリンヒットだった。 それによって、高速道路建設に道を開き、高度成長を支えた。 それは資本不足時代には、方便としてうまいやり方だったが、いつまでも続けてよいものではなかった。 それから40年、豊かになった日本で、いまだに有料で、しかも渋滞までさせている。 おひと良しの角さんが、無惨におとしいれられてから後の為政者たちが、 いかに無能だったことか!第2の後藤、第2の田中が待望される。 (田中の業績は認めるが、「金権」はけしからんというが、当時の日本で、 切実に必要なことを実現する政治力を手に入れるのに、方便として「金権」を使わないでも、 俺にはできた、という自信がある人は手をあげてほしい。)

日本が世界に比類のない高度成長をなし得たのは、日本人が、比類のない、能力、勤勉、 倹約心を持っているためであり、またそのためにこそ、世界に例のない財政赤字が、 高度成長にブレ−キがかかった段階では必要となる。更に、そうだからこそ、 莫大な財政赤字があってもインフレにならないのである。

世界に例をみないことは、恥ずべきことではなく、誇るべきことである。 こうして、公害のない、交通渋滞もない、花と緑いっぱいの楽園を日本に建設することができる。 日本は、世界の先端を行き、世界をリ−ドするべきである。 「過去10年の公共事業は効果がなかった」という人がいるが、 もし、これをやっていなければ、とっくに大恐慌に陥っていただろう。

公共事業は効果がなかったのではなく、不充分だったのである。 赤字国債による公共投資のやりすぎに必然的に伴うインフレが起こらず、 デフレになっていることが、それを証明している。

高度成長とその終わり

最後に、高度成長の過程を振り返って見よう。戦後の復興が始まったとき、みんなが貧しかった。何もかも不足していた。必要なものは山程あったが、お金がなくて買えない。 労働力はあり余っていたが、買う人がなくては、つくるわけには行かない。どうどう巡りの停滞が続きかねなかった。

しかし当時の為政者は賢明だった。日銀を通じて、鉄、石炭などの基幹産業に、お金を流した。これで設備投資が盛り上がり、 需要が増えたので、生産が増え、その売上金は賃金などの形で消費者に廻り、消費が増える。 それで又、更に生産が増える、という拡大再生産の過程に、はいることができた。 日銀の魔法の金が呼び水になったのである。

魔法の金の副作用の物価上昇は、技術の進歩、設備改善などによる生産性上昇のおかげで、 あまり大きくはなかった。景気が過熱すると見ると、政府は、金融を引き締めて、景気を冷やした。 そして調整期間が過ぎると、経済は再び活気を取り戻す。これを繰り返しながら成長を続けて行ったのである。 国民は、勤勉に働き、乏しい収入の中からも貯金をした。

その金は銀行を廻って企業に流れ、企業が稼いだ内部留保と共に設備投資に使われた。 製造設備は決定的に不足していたから、資金はいくらあっても足りなかった。 生産技術はどんどん進歩し、新鋭設備の完成と相まって生産性は飛躍的に伸びた。 これで、労働時間の短縮を進めながらでも、生産は増え続けた。これに対応して所得も増え続けた。 戦中、戦後のどん底を経験した世代は、余裕ができても、なお勤勉に働き続け、つつましい生活を続けて、貯蓄を増やした。 企業は好景気で大きな利益をあげても、少ししか配当に廻さず、内部留保を厚くして行った。

こうして、金持ちと、金持ち企業が増え、日本人のほとんどが中産階級を自認するまでになった。 やがて、金持ちに金が集まってきたが、日本の金持ちは、あまり贅沢をしない。 ほとんどの金持ちが、貧乏人からのたたき上げだからである。大部分を貯蓄に廻し、それはみな生産設備に化ける。 戦勝国の金持ちは、はるかに金離れが良い。多くが戦前からの金持ちで、二代目、3代目だからである。 これが、日本やドイツが戦勝国よりも急速に成長した原因であり、又、行き詰まりが早く来る原因でもある。 金持ちに金が集まるにしたがって、消費が鈍り、生産設備は充分に増えて飽和に近づき、設備投資は減速する。 企業も金持ちになって、内部留保と減価償却費だけで設備投資がまかなえる。

そこで銀行に借金返しを始める。これでは、ますます増える個人の貯蓄の行き場がなく、銀行に滞留する。 これは、今までは設備投資に廻されていたお金であり、設備をつくるために消費されていた、 鉄、セメント、機械、などが余ってしまうことを意味する。 そういうわけで需給ギャップが発生し、不景気がやってくるはずだった。 ところが輸出という活路があった。こうして貿易黒字が増え続けた。

そもそも貿易は、他国と有無補いあうためのものであり、均衡していることが基本である。 一方的な黒字は許されない。日本が金持ちになるかわりに他国を貧乏にすることになる。 貿易摩擦が起るのは当然である。 日本人の生命線である農産物の関税下げを迫られている。 しかし、日本の農業が潰滅しては、いざという時には日本人は餓死するほかはないのである。 貿易黒字のおかげで、行き場のないお金はドルに変わり、アメリカの国債を買ったり、 低開発国に融資したりした。

ところが低開発国への貸金は、次々とこげつき、大損をした。 アメリカ国債は、円高ドル安が進行して減価し、これも、大損をした。 これに懲りてドルのまま持っていると、ますます円高になる。 これでは輸出ができなくなると困るというわけで、日銀は、 リスクを冒してアメリカ国債を買いこんだ。 しかし、結局日銀も大損をすることになる。

要するに、輸出は、活路とするのには限界があるのである。 優良企業が銀行に借金を返し始めた時点で高度成長は終わった。 今まで設備投資に向けられていた、行き場のない金は増えるばかりである。 海外投資もだめとなれば、結局、政府が国債を発行して、その金を吸い上げ、 公共投資に使う他はない。これさえやれば、高度成長は終わっても、 緩やかな成長は続くのである。 これをやらなければ、金持ちが貯蓄を増やし続けるかぎり、そしてその金が、 どこにも使われない限り、需要は減り続け、それに対応して生産も減り、倒産、 失業が増えて、更に消費が減るという縮小再生産の過程にはまりこむ。 最後は大恐慌に至るのを避けられない。

「不良債権処理を完了して、銀行がどんどん貸し出しをするようになれば景気は回復する」 というのは幻想である。借手など、どこにもいない(返せるあてのない借手の他は。 勿論例外はあるが、大勢に影響はない) 「不良債権処理を行なって、低生産性企業を淘汰すれば、景気が良くなる」というのは暴論である。 かつての大恐慌のとき、倒産は山ほど起こった。それで景気は回復したか? 倒産企業が生産していた分だけ総生産が減り、需給が改善する、 と言いたいのだろうが、その分は、優良企業が、あっという間に穴埋めする。 高生産性の無人工場は、あまり人を使わないから、失業が増える、 したがって消費が減る。全く逆効果である。

「構造改革の痛みに耐えれば、明るい未来がある。」というのも幻想である。 構造改革で、無駄がなくなれば、行き場のない金はますます増える。 政府がこれを活用すれば利益になるが、それには国債発行が必要であることは前述した。) むしろ、構造改悪をやって、金を溝にすてる方がましだ。 戦争という浪費によってでも、景気が良くなったのだから。

バブルの発生と崩壊

高度成長が終わりに近づき、行き場のない金を抱えた銀行が、必死で貸し出し先を探していたとき、 救いの神が現れた。その神の名は、土地ブ−ム。 円高不況を乗り切るため、或いは、これ以上の円高を防ぐため、 日銀は金融を緩め、金利を下げた。

当時は、みんなが、「土地は永久に値上がりを続ける」という神話を信じて疑わなかった。 土地の期待値上がり率を金利が下廻ったとき、地価上昇は加速する。 不動産、建設、大手ス−パ−などの各社は、将来必要になるだろう土地を買い急いだ。 銀行は喜んでその資金を提供した。

土地の担保さえあれば、何の心配もない筈だった。 土地を売った金持ちが豪華ヨットでも買って消費してくれると良いが、 ごたぶんに洩れず、しっかり預金する。銀行が、土地を買う人に貸し出しても、 翌日には戻ってくる。だから、いくらでも貸し出しを増やせる。 買えば値上がりするし、値上がりするから買う。売り手も買い手も、 笑いが止まらない。

土地を持っている企業の含み益が膨れ上がり、ブ−ムは株式にも及んだ。 遂には美術品まで値上がりした。こうして資産バブルが発生したのである。 資産バブルは、ささやかながらも、土地、株式、などを持っている中産階級を舞い上がらせた。 金持ちになった気分で、高級車、億ションなどを買った。

消費税と引き換えに物品税(高級品ほど高率)が廃止されたことも手伝って、高級品がよく売れた。 高度成長が終わって、不況に突入してもおかしくなかった日本経済に、 こうして最後の宴が訪れた。かつての大恐慌前のアメリカと、そっくりそのまま、 燃え尽きる前のロ−ソクが燃え上がった。

こうなる前に抑える方法は前述した。しかし、政府日銀は指をくわえて見ていた。 土地の値上がりは、土地コロガシをやっている悪徳業者のせいにしたりして。 土地売買を届け出制にして、価格を申告させる(正直に申告する人など、 めったにいないことを知らぬ筈はないのに)などでお茶を濁していたのである。

あまりの高さに、さすがに空おそろしくなって、貸し出し規制に乗り出したときには、 バブルは破裂寸前になっていた。折り悪く、湾岸戦争が起こり、 インフレ予防のための金融引締めと重なって、バブルは、あっという間に破裂した。 残ったのは借金の山、不良債権の山である。

政府は急激に下がり続ける地価に歯止めをかけるどころか、首吊りの足を引っ張った。 今でも引っ張り続けている。 銀行が苦しんでいる不良債権の真の持ち主は、土地を売って預金を増やした大金持ちなのである。 銀行が潰れて、彼等の預金がパ−になっても仕方がないところである。

しかしながら、預金者は彼らだけではないので、そうもいかない。 税金でめんどうを見るしかない。そこで私は、金持ちからうまく税金をとる方法を提案しているわけである。 バブルがなくても、すでに行き詰まりかけていた日本経済で、バブルによって、こんなに大量の金が、 金持ちに移ったのだから、ひどいことになって当然である。

借金でマンションを買った多くの中産階級が貧乏人に転落した。 借金で商売用の土地を買った、不動産、建設、小売りの各業者は、倒産するか、 倒産に瀕している。 そして彼らに金を貸した銀行は、政府によって、どうにか支えられている。 彼らはみな自己責任をとるべきだという。100人うち1人がそうなったのなら、 自己責任といえる。100人のうちの99人がそうなったとしたら、自己責任は問えない。

実は、すべての責任は、政府、日銀、なかでも旧大蔵省の役人たちにある。 そのわけは、今までに縷々述べてきたから、繰り返さないが。 それでも彼らは、億という退職金を受け取り、その上、 天下りで荒稼ぎして金持ちの仲間入りした。 そして、貧乏人からしぼり取って、国家財政の破綻を未然に防ぎ、 神聖なタブ−を守り通した憂国の志士気取りでいる。

こんなバカな話は、この辺で終わりにしよう。

 目次 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22
スポンサーリンク