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第三章 国債

国債は円滑な経済運営、及び国際収支の調整に欠くことが出来ないものであり、大いに活用すべきである。

国債の効用

国債が累積すると、子孫につけが廻る。利払いのための国債が膨らんで、国が破産する。などの論を聞くと、頭が混乱する。しかし、やはりおかしい。税は貧乏人から取るものであり、国が金持ちから借金して貧乏人の納税をのばしてやるのが国債だと考えれば、一応わかる。ところが、民主国では、税は金持ちに出していただくものであり、金持ちから、徴税する代わりに借用の形をとるのが国債であるから、貧乏人とは、何のかかわりもない筈である。又、実質金利がプラスでなければ、利払いに苦しむ訳もない。

国債によって金持ちから借りたお金を、庶民に廻せば、廻り廻って、金持ちのところにも帰ってくるし、その上、金持ちには国債という資産も残る。実はこれは紙切れに過ぎないとしても、形の上では資産である。これは事業資金の調達に役立つだけでなく、だいいち心が豊かになる。

金持ちから、税金を取るのは、結構難しいが、形の上で、より金持ちにしておけば、税金をとり易い。故に国債は、金持ちから効率的に徴税する手段である。国債によって庶民は豊かになり、金持ちも益々金持ちになる。良いことづくめである。しかし、これには実は限界がある。それは、国際収支である。

貧乏人が豊かになり消費が増えると、輸出が減り、輸入が増えるから、経常収支は赤字になる。故に、国債とは、経常収支を調整する手段であるとも定義できる高度成長期には、国民は勤倹貯蓄はげみ、その成果は設備投資に向けられた。成熟期にはいっても、なお、国民は貯蓄を続け、設備投資の減少分は海外投資に向かった。これが、経常収支の黒字であり、資本収支の赤字である。国債を増発すれば、この余分を吸収できるところを、逆に減らしたので、ひどいことになった。設備投資のための企業の借金を差引いた国民全体としての貯蓄をふやすには、政府に貸すか外国に貸すかしかない。これは簡単な算数である。

そもそも貿易は、国際間で有無合い通じて、みんなが利益を得るために行うものである。貿易の不均衡は、これを妨げる。日本国民が貯金を増やしたいのなら、他の国の人々も、借金をふやしたくないであろう。あまりに大きな貿易黒字を続け、それを海外投資に向けると、経済侵略だと言う文句が出るのは当然である。日本国民の貯蓄志向は非常に大きい。老後の不安とか土地つき家を持ちたいとかの理由もあるが、何よりも国民のレベルが高いためである。

貧乏人は、はいっただけ使うという定義にしたがえば、日本には貧乏人は少ない。収入がふえれば、増加分は殆ど貯蓄に廻し、収入が減っても、支出を減らして貯金に向ける分は減らさないようにする。だから増税しても貯蓄はそれほど減らない。その上政府は金持ちにカネを廻している。大企業は、相続税がかからない、所有者不明の莫大な含み益を貯めこんでいる。何百億の利益を計上しても、前期より減益したという理由で、役員報酬をカットしたりする。

国民の金持ちになりたいという心情を満足させ、しかも外国に迷惑をかけない方法は、ただ一つ、政府が国民から借金すること、即ち、国債の増発である。その資金を使って道路、下水等、社会資本の充実を図る。国民が貯蓄に励んでいるのは、まさにそのためなのである。ぎゅうづめの電車で通勤二時間、残業の連続、疲れ果てて帰って寝るところは兎小屋、そんなにまでして稼いだ、お金である。政府がやるべきことをやれば、いくらあっても足りない、貴重なお金である。それをドルという紙屑に換え、しかも外国から文句を言われている。全くバカげた話ではないか。

対外援助

所得の再分配は国と国の関係でも必要である。貧しい国への援助は、慈善ではなく、義務であり、平和保障でもある。また、これによって世界の貿易は拡大し紐つきなどにしなくても、日本の利益となって返って来るのである。

海外投資は、より多い資産所得を求めて、出て行くが、今どきそんなうまい話がある筈がない。どの国でも、実質金利がプラスでは、やって行けないからである。一時的には儲かったように見えても、ドルの減価や、貸し付けの焦げ付きで結局はパーになる。どちらも結局は贈与と同じことになるものであっても、投資は侵略として非難され、援助は歓迎され感謝される。終戦後、アメリカの援助で生き延びた人々が生きている限り、日本は、再びアメリカと戦うことはないであろう。国債を増発して、海外投資に向かっている資金を吸収し、その一部で対外援助を充分に行うべきである。

ここで、援助についての原則を提案する。
一、援助は紐つきでないお金で行う。(欲しいものが買えるようにする。)
二、援助は贈与でなく無利子の貸付で行う。

友人が困っているとき援助するのは当然であるが、贈与ではなく、貸すという形をとる。無期限、無利息で。贈与では、慈善になり、失礼である。友人にお金を貸せば、友情を失うことになる、と言われる。それは、返してもらうつもりで貸すからである。友人に貸すときはあげるつもりで、貸すべきである。もし返ってくれば、それは非常に喜ばしいことで、援助が最高の効果をあげたことを示す。

援助は「金」を貸した形をとる。例えば、一億ドル貸す場合、そのときの金の価格にして、五トンであれば、金五トンを貸したことにする。こうすれば、通貨価値の変動に煩わされない。援助は累積債務に悩んでいる国を優先する。借金をする国は、どちらかと言えば、民主的な国である。人民から充分に絞り取っている支配者は、他国から借金する必要を感じないからである。間違っても兵器に化けるような援助は、してはならない。

債務国援助は借金を肩代わりする形をとる。但し、すでに支払った分を含め利子は棒引きすることを債権者が承知することを条件にする。日本企業の海外進出、工場を建て、技術者を派遣する。これは、頭脳の輸出であり、経済侵略ではない。(現地で資金を調達することもできる)その国に歓迎される限りどんどんやって良い。但し技術協力、技術援助と称するものはいただけない。美名に隠れた、紐つき援助であり、日本の役人の得意技であるが、折角の援助がかえって非難される結果になりかねない。技術輸出は援助とは関係なく、コマーシャルベースで行うべきものである。

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