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第四章 税コストの低減

徴税は緩やかに、どんぶり勘定で行う。これによって、税コストを極限まで小さくする。税コスト分が損になるだけの無意味なこまごました諸税、流通阻害の悪税はすべて廃止する。

徴税コストと納税コスト

徴税に必要な費用の税収に対する百分比を徴税コストと呼ぶことにする。税金のコストは、このほかに、納税コスト、節税コスト、があり、税に伴う全コストを、税コストと呼ぶ。税は、公平が大切であるが、税コストを低くすることは、もっと重要である。不公平は、トータルでは、国民の損失ではないが、税コストは、完全な損失だからである。

税コスト十パーセントでは全然話にならない。できれば一パーセント以下にしたい。それは非常に困難である。どうすれば良いか。一パーセント以内の正確さを求めるときと、十パーセントの誤差を許容するときでは、コストは百倍違う。三十パーセントの誤差を許せば、更に、十分の一になる。このとき、税コストは、無視できる程小さくすることができる。

正確に徴税すれば、百万円の税収があるとき、七十万円以上の税収が得られれば良しとする。これをどんぶり勘定という。税コストはドンブリ勘定の徴税によって最低となる。収奪のための税制では、十パーセント程度の徴税コストは普通である。納税コストに至っては、全然気にもしない。例えば、一円切手を貼らせるなどを、平気でやる。一円は、パートの労賃にすると、五秒ぶんである。切手を貼るのに五秒かかると、納税コストは百パーセントである。

納税コストは、国民が納税に費やす手数を、労賃に換算して加算すると、徴税コストの三倍はかかると見られる。徴税は、プロが、纏めてやっているのに対し、納税は、素人がばらばらに行うから、はるかに手間がかかっている筈だからである。

どんぶり勘定にするためには、税率は低いことが必要である。二十パーセントが限度と思われる。たとえば百億円の所得があった人が、百二十億円と査定されたとき、税率十パーセントなら、税額が、十億円のところを十二億円とられても、まだ、我慢できる。税率九十パーセントでは、税額は百八億円になり、首をくくらなくてはならない。税コストは、税体系の簡素化によっても大きく減少する。取引税のような有害な税、意味がない税、実質は税であるような、保険料、公共料金等すべて廃止する。NHKの視聴料は、今時、テレビのない家はないから、実質は税であり、人頭税に近い。大義名分がないから、集金に手がかかる。この集金コストは国民全体の損失である。

納税は、まとめて、効率的に払えるようにする。一回の買い物ごとに、一人一人が払うなど最悪である。今の消費税は、納税者の手間を全く考慮していない。消費税は、付加価値税の形にするべきである。そうすれば、企業が、まとめて、払うことになるし、中小企業はどんぶり勘定で納めることができる。国民は、消費税を支払うたびに、面倒なことも、さることながら、小額だから搾り取れるだろうという収奪者の心根を敏感に感じとり、頭にくるのである。

どんぶり勘定は、不正確で不公平かというと、案外そうではない。寄生虫族は、暇で、けちだから、節税に精を出す。せっせと領収証を集める。いんちき領収証などは、良心とか教養とかいう邪魔ものがなければ、手間はかかるが、いくらでも手にはいる。社会に貢献している働き蜂は、いつも忙しく、そして、寄付だと思えばいいやという、おおらかさを持っているので、節税を手抜きする。これでわかるように一円まで正確に計算しても、不公平を防ぐことは出来ない。天網恢恢疎にして漏らさず、という。網の目をこまかくしても、大魚に破られてはなんにもならない。

そもそも、所得の再分配は、おおらかな心がなければ、うまく行く筈がない。ゲームは真剣にやるが、賞金は、みんなで飲んでしまうというような心がほしい。ゆるやかに徴税し、おおらかに納税する、何とか、そのようにありたいものである。そうは言っても、何しろ、相手はエコノミックアニマルである。よほど、工夫しないと、補捉率七割は難しい。そこで、次の提案をする。給与所得を除き、納税はすべて申告制を基本とする。目に余る過小申告に対しては更正決定をする。

更正決定は、申告納税の場合より納税者にやや不利になるように決める。更正決定に対し異議申請し、税務署がこれを認めないときは、税務審判所で裁判をする。納税者が敗訴し、しかも、最初の申告額が妥当な額の二分の一以下であったと認められたときは、裁判費用の外に、高額の罰金を課す。このようにすれば、裁判まで行くのは、年に数件程度になることが期待される。

鞭ばかりではなく、飴も必要である。個人の納税の累積額が、ある額をこえたとき、各段階に応じて、勲章を授ける。参議院選挙の投票権を、その段階に応じて、二ないし五票分与える。例えば、一千万円以上で二票、一億円以上で三票というように。この制度は、理由もなく一票の価値が三倍も違っている現状に比べて、はるかに合理的である。多額納税者は社会に貢献していることは確かだし、政治に対する発言権が少しばかり大きくても当然である。

節税コスト

節税コストは納税コストの一種であるが、現状は、これが非常に大きく、莫大な無駄を生んでいる。八十万円を税理士に払ってでも、百万円の税金を十万円に減らすのが、エコノミックアニマルである。
このとき税収は十万円であるから、節税コストは、八百パーセントである。税体系に整合性がないと、エコノミックアニマルは、その間隙をつき、浪費をいとわず、節税する。

年末が近づくと、パートで働く主婦の休みが増える。年間所得が限度額を越えると、大損になるからである。いちばん忙しい時に休まれた方は痛手を受ける。働きたいのに働けない、人手が足りなくて商売できない、この社会的損失は節税コストである。都内の一等地に土地を持っている企業は、盛んに社宅を建てている。そんなことをせず、これを売って、その金を給与に廻せば、社員は環境の良い郊外に、自分の好きな住宅を建てられるだろう。買った方は、住宅を建てるより、はるかに有効に、その土地を活用するだろう。

実際は、そんなことはできない。土地を売れば税金がかかる。社宅を建てれば、節税になるし、含み資産が表に出ない。郊外に住宅を建てられるような給与には、累進税制で、高額の所得税がかかるだろう。こうして適地でないところに住宅が建ち、土地の有効活用が出来ない。これも節税コストである。

億単位のゴルフ場の会員権、高級料亭、松茸、松葉ガニ、そんなものには、我々は、この数十年縁がないが、日本中の美味しいもの、それらのすべては社用でなくては、サラリーマンの口に入らない。これらの浪費、不公平も、半ば以上節税の結果である。節税ができない、節税の必要がない、すっきりした税制が切に求められるのである。

取引関係税

活発な売買が行われ適材が適所に流れることは、資源の有効活用に欠かせないものである。取引税(印紙税)取得税、譲渡益税等、流通を阻害する税はすべて廃止するべきである。以前、売上税というものがあったが、実はこれは取引税である。売買のたびに多額の税がかかるので、流通をひどく阻害し、すぐ廃止された。取引税は、普通は税率が低いので、害悪が目立たないだけである。

不動産取得税も、実は取引税である。土地は消費材ではないから消費税ではなく取引税であり、流通阻害の効果だけしか持っていない。譲渡益は、所得と見なされるので譲渡益税は取引税よりもはるかに高税率となり、流通阻害の害悪が非常に大きい。長期保有の土地、株式等は、売買が事実上禁止される結果になる。

これではどうにもならないので、いろいろな抜け道が用意されている。値上がり益は所得と見るべきでないことは、所得税の章でも述べるが、抜け道が必要な税は、廃止するのが当然である。売却額の五パーセントを譲渡益と見なす簡易課税は、正真正銘の取引税である。取引税は、昔の通行税と同じく、流通を阻害する悪税であり、取れるものは取るという、収奪の税である。織田信長は、すでに四百年前に、その害に気づいて、廃止した。

収奪が、習性となっている税務当局は、今まで取っていたものだから、抵抗が少ないというだけの理由で、取引税を廃止しようとしないのである。(農地法、借家借地法は土地の流通を阻害し、もっと大きな害悪をもたらしているが、後に詳しく述べる。)

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