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第七章 消費税

消費税は、付加価値税の形で企業から、まとめて徴収する。税率は十パーセントとするが、どんぶり勘定で、計算するので、実効税率はこれよりやや低い。

消費税と付加価値税

消費税は、実は付加価値税であり、企業からまとめて取っても、結局は消費者に転嫁される。しかし、この転嫁の過程は、赤字企業、税法上の赤字企業ではなく、本当に苦しい企業が、付加価値税分の値上げをよぎなくされる過程であり、優良企業は、涼しい顔で、見物していて、シェアを増やしてから、おもむろに値上げすれば済む。

厳しい経済競争の下では、潰れるべき企業が、潰れるのは止むを得ないと言えるが、それにしても、付加価値税新設の衝撃は強すぎる。 これが、消費税を三パーセントという低税率とし、又、外税方式によって円滑な転嫁をはかった理由であろう。(その結果は、ご存知の通りである。煩わしさという莫大な納税コストを消費者に負担させることになった。)

便乗値上げ

内税方式は、便乗値上げを誘発するから、良くないという論がある。泥棒を防ぐために戸締まりを厳重にせよ、というようなものである。泥棒をつかまえる方が先決ではないか。ところが泥棒がうようよ居るのに誰も捕まえようとしない。自由競争によってきまる価格が正しい価格であるから、競争制限によって価格をつり上げるのは泥棒行為である。そして、現在の状況は、泥棒が大手を振って歩いている。

談合、闇カルテルが横行し、官民一体となった競争制限が、悪いことではなく、むしろ良いことであるかのように行われている。大きい寄生虫、小さい寄生虫が威張っている。甘い汁は、一度吸ったらやめられない、しかし、その甘い汁は、働き蜂から吸い取ったものであることを考えてほしい。

競争が自由に行われていれば、便乗値上げなど、できるわけがない。逆に限界企業の値上げの難しさが問題になるのである。庶民は、素朴で、騙されやすいが、泥棒がいっぱい居ることは感づいているので、便乗値上げ反対、といえば、すぐ乗せられる。無理もないと思う。

しかし、学者、評論家、政治家、マスコミの中に、本当のことを言う人が一人も居ないのはなぜだろうか。便乗値上げの元凶は、内税方式などでなく、競争制限であることを。それどころか、正論を吐くものがいれば、袋だたきにしようと待ちかまえている。日本の経済発展を推進した池田さんを、かって袋だたきにしたように。

付加価値税方式をとっても、又、税率を十パーセントとしても、どんぶり勘定で衝撃をやわらげ、徐々に、実効税率を上げて行けば良い。

消費税と税の公平

日本の企業の半数以上が、税法上の赤字企業である。勿論、本当に苦しい企業もあるが、多くは、節税の結果にすぎない。外車を乗り廻しているのは、暴力団幹部か、中小企業の社長や、その息子といわれる。つつましい生活をしている我々が、高い税金を負担しているのに比べ、税金など払ったこともない連中が一番贅沢をしている。この連中にも、少しは税を負担してもらうのが消費税である。

消費支出は金持ちほど多いから、消費税は所得再分配効果を持っているが、反面、消費性向は貧乏人の方が大きいから、人頭税的性格もある。消費税は、分配金(マイナス人頭税)と組み合わせて、はじめて公平な税となる。

消費は美徳か

貿易黒字を減らすために消費をふやすべきだとの論がある。たしかに消費は美徳である。外国に不景気を輸出するよりは。権力や、資産所得による収奪が大きいとき、支配者や大金持ちの消費は美徳である。その消費がどんなに完全な浪費であっても。

収奪者の消費量は、収奪量に等しいから、たとえば、年貢五割というように収奪率が定っているとき、被収奪者の所得は、収奪者の消費量に等しい。被収奪者が生きるのがやっとの状態のとき収奪者が消費を減らせば、被収奪者は死ぬしかない。収奪者の消費のおこぼれで、貧乏人は生かして頂いているのである。

しかしながら、収奪者が存在しない民主国では、消費は美徳ではなく、浪費は悪徳である。消費税は、消費を抑制することによって、環境破壊、廃棄物公害をもたらす、使い捨て社会を、少しは、改善する効果もある。

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